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東京地方裁判所 平成9年(行ウ)53号 判決 1998年3月24日

原告

富沢よし子こと

富澤由子

右訴訟代理人弁護士

三宅弘

近藤卓史

福島瑞穂

榊原富士子

内田法子

古島ひろみ

被告

東京都杉並区長

本橋保正

右指定代理人

河合由紀男

外四名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  原告の請求

被告が原告に対し平成七年一一月一六日付けでした情報非開示決定を取り消す。

第二  事案の概要

本件は、原告が、東京都杉並区個人情報保護条例(昭和六一年杉並区条例第三九号。以下「本件条例」という。)一八条一項に基づき、被告に対し、自己に関する個人情報(以下「自己情報」という。)として、原告の子の出生届の受理に関し東京法務局長から被告にあてられた指示文書の写しの交付を請求したところ、被告が、自己情報の非開示を定めた同条二項三号に該当することを理由として、右請求に応じない旨の決定をしたため、原告が、これを不服として、右決定の取消しを求めている事案である。

一  本件条例の定め

本件条例は、個人に関する情報であって、特定の個人が識別され得るもので、文書、図画、写真、フィルム及び磁気ディスク(これに類するものを含む。)に記録されるもの又はされたものを「個人情報」と定義した上(二条一号)、一八条一項において、何人も、実施機関(区長、教育委員会、選挙管理委員会、監査委員及び農業委員会をいう(二条二号)。以下同じ。)が管理している自己に関する個人情報(自己情報)の閲覧又は写しの交付(以下「閲覧等」という。)を請求することができる旨規定し、個人に対し、実施機関が管理する当該個人に係る自己情報の閲覧等の請求権を認めている。そして、本件条例は、一八条二項において、実施機関は、次の1ないし3に掲げる同項各号のいずれかに該当する自己情報については、閲覧等の請求に応じないことができる旨規定し、自己情報の非開示事由を定めている。

1  一号

法令に定めがあるもの

2  二号

個人の評価、診断、判定、指導、相談、推薦、選考等に関するものであって、本人に知らせないことが明らかに正当であるもの

3  三号

取締り、調査、照会、争訟等に関するものであって、閲覧等の請求に応ずることによって、実施機関の公正又は適正な行政執行を著しく妨げるおそれがあると認められるもの

二  前提となる事実

(以下の事実のうち、証拠等を掲記したもの以外は、当事者間に争いがない事実である。)

1  自己情報開示請求

原告は、平成七年一一月二日、被告に対し、本件条例一八条一項に基づき、自己情報として、「請求者(原告)の息子の出生届の受理にともなう東京法務局からの文書での区長宛回答書」の写しの交付を請求した(以下、この請求を「本件開示請求」という。)。

2  非開示決定等

(一) 被告は、本件開示請求に係る文書を、平成七年九月一二日付け二戸三丙第四五二号の「出生届及び認知届受理伺いについて(指示)」と題する文書(以下「本件文書」という。)と特定した上、同年一一月一六日付けで、本件条例一八条二項三号に該当することを理由として、本件開示請求に応じない旨の決定(以下「本件非開示決定」という。)をし、これを原告に通知した。

(二) 本件非開示決定の通知書には、本件条例一八条二項三号に該当する理由として、「戸籍事務は、国の機関委任事務であって、全国統一的な事務処理が求められるため、本件情報については、監督局である東京法務局より非開示の指示がなされている。そのため、本件情報を開示することは、全国的な戸籍事務の統一的な事務処理体系を国の意思に反して変更することとなり、また戸籍事務の取扱いに係る解釈・運用について国民に誤解、混乱を招くなど全国的に公正、適正な戸籍事務の執行を確保することが非常に困難になるおそれがあると認められる。」と記載されていた。

(三) なお、原告は、同年一二月二一日、本件非開示決定を不服として、被告に対し異議申立てを行ったが、被告は、平成八年一二月六日付けで、右異議申立てを棄却する旨の決定をした。

3  本件文書取得の経緯等

(一)(1) 原告と事実上の婚姻関係にある藤田成吉(以下「藤田」という。)は、昭和五八年一一月一九日、被告に対し、原告と藤田との間に同月七日出生した男子である槙の出生届(以下「第一出生届」という。)を提出した。第一出生届は、「生まれた子の父と母」欄に、藤田を父、原告を母と記載し、子の氏名を「藤田槙」とし、「父母との続き柄」欄及び世帯主との続き柄を未記入のまま、藤田が、父としての届出人資格に基づいて提出したものであった(甲一二、乙五、八、弁論の全趣旨)。

(2) 被告は、第一出生届は、民法七九〇条二項、戸籍法四九条二項一号、五二条二項及び同法施行規則五五条一号の各規定に違反するものとして、藤田に対し補正をするよう指導したが、同人がこれに応じなかったため、同月二一日付けで、当時の戸籍法施行規則七一条(なお、同条は、平成六年法務省令第五一号により、八二条に繰り下げられている。)に基づき、東京法務局長に「出生届受理伺い」を送付したところ、同法務局長から、同月三〇日付けで、第一出生届について、次のア、イ記載のとおり取り扱うよう指示する指示文書の交付を受けた(甲四、七、一二、乙五、弁論の全趣旨)。

ア 届出人がその資格を同居者と訂正しない限り受理すべきでないこと。

イ その他の事項については、補正を指導し、これに応じない場合は、子の氏を「富澤」と、父母との続き柄を「摘出でない子、男」と、世帯主との続き柄を「妻(未届)の子」と、父に関する記載は余事記載とそれぞれ認める旨の記載をした付せんを届書にちょう付してこれに代えて差し支えないこと。

(3) 被告は、右指示文書に基づいて、藤田に対し、所要の補正をするよう指導したが、同人が右補正に応じなかったため、同年一二月五日、第一出生届は法令に規定する要件を具備していないので受理しなかったことを証明する旨の不受理証明書を同人に交付した(甲一二、乙五)。

(二)(1) 藤田は、平成六年六月一〇日、被告に対し、再度、槙の出生届(以下「本件出生届」という。)を提出し、同時に、槙を子として認知する旨の認知届(以下「本件認知届」という。)を提出した。本件出生届は、第一出生届に再提出日を書き加え、届出人の住所欄等に若干の訂正を加えたものであったが、被告が以前に補正を指導した箇所については、何らの訂正も加えられていなかった。そのため、杉並区の戸籍担当職員は、藤田に対し、前回と同様に補正を求めたが、藤田は、今回は認知届を同時に提出しているので同人と槙の間に実際の親子関係があることは明らかであり、父としての届出人資格のまま本件出生届を受理するよう求めて、補正に応じなかった(甲一二、乙五、八、九)。

(2) ところで、子が学齢に達した後に届け出られた出生届けについては、昭和三四年八月二七日付け民事甲第一五四五号民事局長通達により、原則として、その受否について、監督法務局、地方法務局又はその支局の長の指示を求めることとされており、また、本件出生届については、前回と異なり、認知届が同時に提出されていることから、被告は、平成六年六月一四日付けで、東京法務局長に対し、「出生届認知届受理伺い」を送付し、本件出生届及び本件認知届の取扱いに関してその指示を仰いだ(乙五、弁論の全趣旨)。

(3) 平成七年九月一三日、東京法務局から、本件出生届及び本件認知届の受理伺いに対する指示について連絡があったので、同月一八日、杉並区地域振興部戸籍住民課長小林俊夫(以下「小林戸籍住民課長」という。)が同課の職員二名と共に、東京法務局に赴き、同法務局民事行政部戸籍課長児玉康夫(以下「児玉戸籍課長」という。)から、右受理伺いに対する処理方法を記載した本件文書の交付を受けた。その際、児玉戸籍課長から、小林戸籍住民課長らに対し、本件文書は、機関委任事務上取得した国の事務に関する内部連絡文書であり、届出人にその写しを交付することは適当でない旨、及び、情報公開条例又は個人情報保護条例に基づいて本件文書の開示請求があったとしても、機関委任事務については、地方自治体に条例制定権がないから、本件文書は、情報公開条例等による開示の対象外のものであり、閲覧等に応じることは適当でない旨の指示(以下「本件非開示の指示」という。)があった(乙五)。

(4) 本件文書の内容は、本件出生届に関し補正を求めた事項について具体的な記載内容を指示し、かつ、その具体的な記載内容を一定の形式の書面として作成し、これを本件出生届及び本件認知届に添付の上、右各届出を受理すべき旨を指示したものであり、被告は、右指示に基づき、本件出生届及び本件認知届を受理し、槙に関する戸籍事務を処理した(甲三、弁論の全趣旨)。

(5) 槙に係る戸籍の記載によれば、槙は、原告の戸籍に入籍しており(したがって、その氏は「富澤」である。)、身分事項欄には「昭和五拾八年拾壱月七日……で出生平成六年六月拾日父届出平成七年九月拾八日入籍」、「平成六年六月拾日……藤田成吉認知届平成七年九月拾八日記載」と記載され、父母欄には、藤田を父、原告を母とする記載があり、父母との続き柄欄には「男」と記載されている(甲三)。

(6) 被告は、同年一一月三〇日、戸籍法施行規則四八条二項に基づき、本件文書の原本を東京法務局に返送しており、現在は、本件文書の写しを保管している(弁論の全趣旨)。

三  争点及び争点に関する当事者の主張

本件の争点は、本件文書が本件条例一八条二項三号に定める非開示事由に該当するかどうかであるが、その前提となる法律問題として、そもそも、本件文書が本件条例一八条一項に基づく閲覧等の請求の対象となり得るものであるかどうかも問題となる。

これらの点に関する当事者の主張は、次のとおりである。

(被告の主張)

1 市町村長(戸籍法四条により、区長を含む。)が行う戸籍に関する届書の受理、戸籍の記載、戸籍謄抄本の発行等の戸籍事務の執行は、国の機関委任事務とされているが、少なくとも戸籍事務の処理に伴って生じる内部事務処理文書の管理については、国の機関委任事務には属さず、市町村の自治事務に属するものである。

本件文書は、本件出生届及び本件認知届の取扱いに関して、被告が行った「受理伺い」に対して作成された東京法務局長からの指示文書であって、当該文書には原告に係る個人に関する情報が記載されているから、内部事務処理文書として本件条例の実施機関である被告が管理する原告の「自己情報」であるとともに、本件条例一八条二項三号前段の「照会」に関する情報に該当するものである。

2 ところで、本件文書については、児玉戸籍課長から「本件文書は、機関委任事務上取得した国の事務に関する内部連絡文書であり、機関委任事務については地方自治体に条例制定権はないから、本件文書は条例の対象外、すなわち、開示の対象外である」旨の本件非開示の指示がなされているが、右指示は、本件文書が内部事務処理文書の性質を有している以上、その管理は区の自治事務に属し、本件文書は本件条例の対象となるものであるから、本件条例の実施機関である被告に対し法的な拘束力を有するものではない。

しかしながら、本件非開示の指示に法的な拘束力はないといっても、戸籍事務が日本国民の国籍及び身分関係を登録、公証する事務であり、そのため戸籍事務処理については全国的な統一性が強く要請されるところから、単なる内部連絡文書の取扱いについても、本件文書の作成者である国の意見を特に重んずべき理由があるといわなければならない。したがって、本件文書を開示するか否かの判断に当たっては、本件文書の性質のみによって判断することはできず、非開示という国の意思を最大限尊重する必要がある。

3 右2の点に加え、被告が戸籍事務を処理するに当たっては恒常的に国との連携が不可避、不可欠であることからすれば、被告が本件文書を国の明示の意思に反して原告に開示すると、国との基本的な信頼、協力関係に支障を生じることになることは必然であり、したがって、本件文書を原告に開示することは、今後において、国との基本的な信頼関係を前提とする被告の戸籍事務の公正又は適正な執行を著しく妨げるおそれがあるといわなければならない。

また、本件文書を原告に開示することは国の明示の意思に反する結果となるのであるから、被告は国から非難ないし注意を受けることは必定であり、その結果、被告の戸籍事務の処理について住民の不信を招くことにもつながりかねないのである。

4 したがって、本件文書は本件条例一八条二項三号に該当するものというべきであるから、本件非開示決定は適法である。

(原告の主張)

1 本件条例は、「自己に関する個人情報の閲覧、訂正等を求める区民の権利を保障する」ことにより、「区民の基本的人権の擁護と信頼される区政の実現を図ることを目的と」したものである(本件条例一条)。そして、右の「自己に関する個人情報の閲覧、訂正等を求める区民の権利」は、憲法一三条によって保障された基本的人権である「プライバシーの権利」を個人情報閲覧等請求権として具体化したものである。

右のとおり、本件条例一八条一項による個人情報閲覧等請求権は憲法上の保障を受けるものであり、したがって、その内容、制限等については、憲法が同権利を保障している趣旨に従って解釈されなければならず、右の個人情報閲覧等請求権を制限する同条二項各号の非開示事由の解釈に当たっては、非開示となる情報が必要最小限となるような厳格な解釈が求められることになる。

2 ところで、本件条例一八条二項三号は、その規定上、単に「公正又は適正な行政執行を妨げるおそれがあると認められるもの」ではなく、「公正又は適正な行政執行を著しく妨げるおそれがあると認められるもの」を非開示とすることができる旨定めている。本件条例が、右のように「著しく」という要件を附加しているのは、国民の「プライバシーの権利」の重要性から、非開示とする自己情報を必要最小限にするためであり、この文言を無視するような解釈、すなわち、単に「公正又は適正な行政執行を妨げるおそれ」があるだけで、本号に該当するという解釈は許されない。「著しく」というのは、その文言からも、要件としては非常に厳格であり、「著しく妨げるおそれ」が客観的に主張、立証されなければならないものである。

この点に関し、被告は、児玉戸籍課長から「本件文書は条例の対象外、すなわち、開示の対象外である」として、本件文書を開示してはならない旨の本件非開示の指示があったことを根拠として、本件文書が本件条例一八条二項三号に該当する旨主張している。

しかしながら、機関委任事務に関する文書であっても、その文書の管理自体は自治体の固有事務であり、本件文書も本件条例の対象となるものであるから、本件非開示の指示は、誤った見解に基づくものである。しかも、児玉戸籍課長は、本件文書が開示されることによる具体的な支障等非開示とすべき合理的な理由は何ら示していないのであって、このような指示に従わなかったからといって、そもそも被告と国との間にあるべき信頼、協力関係に支障が生じるとはいえず、まして、被告の戸籍事務の公正又は適正な執行を著しく妨げるおそれがあるとは到底いえないものである。

被告のように、国の非開示を求める指示の合理性を問わず、その指示に従わないと、国との信頼、協力関係に支障が生じるとの考え方をとると、個人情報の内容を問わず、国が開示すべきでないと一言いうと、すべての個人情報を非開示とすべきこととなってしまい、憲法上のプライバシー権である「自己情報のコントロール権」を認めた本件条例が全く無意味となってしまうのである。

3 右のとおり、被告は、本件文書を開示することにより被告の戸籍事務の公正又は適正な執行を著しく妨げるおそれがあることについて立証ができておらず、したがって、被告の主張はそれ自体として理由のないものである。のみならず、以下の点にかんがみれば、本件文書を開示しても、およそ被告の戸籍事務の公正又は適正な執行を妨げるおそれはないというべきである。

(一) 本件文書の内容は、本件出生届に関し補正を求めた事項について具体的な記載内容を指示し、かつ、その具体的な記載内容を一定の形式の書面として作成し、これを本件出生届及び本件認知届に添付の上、右各届出を受理すべき旨を指示したものであり、被告は、右指示に基づき、本件出生届及び本件認知届を受理し、槙に関する戸籍事務を処理したというのである。したがって、本件文書の内容がいかなるものであるかは、本件出生届及び本件認知届、槙の戸籍の記載並びに第一出生届の受理伺いに対して東京法務局長から発せられた指示文書(後記のとおり、この指示文書の写しは、原告に交付されている。)の記載内容を対照すれば、その内容を推察できるものである。そして、これらによれば、本件文書の内容は、法令及び通常の実務上の処理に沿った指示であると推察されるし、通常の実務上の指示が明白でなくとも、戸籍の記載内容等から指示内容が推察できるものであって、本件文書の内容が開示されることにより、戸籍事務の処理に具体的な支障が生じるなどということは考えられない。

(二) さらに、従前、被告は、藤田に対し、第一出生届の受理伺いに対して東京法務局長から発せられた指示文書の写しを交付しており、また、東京都中野区において、同区の個人情報の保護に関する条例に基づき本件文書と同様の出生届に関する受理伺いについての指示文書の開示が求められた事案において、非開示決定に対する異議申立てによる決定により、右指示文書が開示されているが、これらの文書を開示した後に、実施機関の公正又は適正な行政執行が妨げられたという事実は存在しない。戸籍事務が、日本国民の国籍及び身分事項を登録、公証する事務であり、そのため戸籍事務処理について全国的な統一性が要請されるとしても、右の開示実例が存することに照らせば、本件文書を開示することによって、右の要請に反する結果が生ずることは全く考えられない。

4 以上のとおり、本件文書が本件条例一八条二項三号に該当しないことは明らかであるから、本件非開示決定は違法な処分として取り消されるべきである。

第三  当裁判所の判断

一  本件文書が本件条例一八条一項に基づく閲覧等の請求の対象となり得るものであるかどうかについて

1  戸籍事務は、日本国民の国籍及び親族的な身分関係を登録、公証する事務であり、その性質上全国的な統一性が強く要請され、また、国籍という公法上の身分関係にもかかわるものであることなどから、国の事務とされているものである(法務省設置法二条五号、三条七号参照)。戸籍法一条によれば、戸籍に関する事務は、市町村長(同法四条により区長を含む。以下同じ。)がこれを管掌するものとされているが、これは、国民の利便等の観点から、市長村長が国の機関としてその事務を処理することとしているものであって、市町村長が管理執行する戸籍事務は、地方公共団体の事務ではなく、国の機関委任事務に属するものである。

2  本件文書は、本件出生届及び本件認知届に関する被告の受理伺いに対し、東京法務局長が右各届出の取扱い方法を指示した指示文書であって、国の機関委任事務である戸籍事務の管理執行に係る内部事務処理文書としての性質を有するものである。

ところで、このように国の機関委任事務を通じて保有するに至った文書を地方公共団体の条例により情報開示の対象とすることができるかどうかについては、国の機関委任事務に関しては、法律で特に委任された場合を除き、地方公共団体は条例を定めることができないと解されていることから、地方公共団体の条例制定権の限界との関係で問題となり得るところである。

しかしながら、地方公共団体における公文書の管理そのものは、その管理自体が機関委任事務とされているなど、法令に特段の定めがない限り、当該文書を機関委任事務を通じて保有するに至ったものであるか、それ以外の事務を通じて保有するに至ったものであるかを問わず、地方公共団体の固有事務としての性格をもつものであり、それらの開示も、公文書の管理の一態様として同じくその固有事務としての性格をもつものというべきである。したがって、地方公共団体は、法令の規定に反しない限り、国の機関委任事務を通じて保有するに至った文書であっても、その条例によりこれを情報開示の対象とすることができるものと解するのが相当である。

もっとも、国の機関委任事務については、主務大臣等の指揮監督を受けるものであり(国家行政組織法一五条、地方自治法一五〇条)、機関委任事務を通じて保有するに至った文書の開示は、それ自体としては、地方公共団体の固有事務としての性格をもつものであるとしても、機関委任事務の管理執行に支障を及ぼすことがあるものであり、そのおそれがある場合に主務大臣等がこれを回避するため必要な措置をとるべきことは当然であるから、その限りで、主務大臣等の指揮監督権は右文書の開示の可否について及ぶものと解さなければならない。そして、主務大臣等は、右指揮監督権の行使として当該文書の開示の可否について指示をするに当たっては、法令に特段の定めのない限り、当該機関委任事務の運用にかかわる政策的な判断等に基づき、その裁量により、当該文書の開示を認めるか否かを決することができると解するのが相当である。

3  国の機関委任事務を通じて保有するに至った文書を地方公共団体の条例により情報開示の対象とすることができるかどうかについての一般論は、右のとおりであるが、戸籍事務に関しては、次のような点から、国の機関委任事務一般の場合とは別異に解すべき必要があるかどうかが問題となる。すなわち、戸籍事務については、戸籍法一〇条及び一二条の二により、戸籍ないし除かれた戸籍の謄本、抄本等の交付請求権が規定され、また、同法四八条二項により、利害関係人による届書その他市町村長の受理した書類の閲覧請求権等が規定され、さらに、同法一二五条の規定を受けて同法施行規則において戸籍に関する帳簿その他の書類の管理について詳細な規定が設けられており、これらの規定等にかんがみると、戸籍事務については、文書の開示を含め文書の管理に係る事項は、すべて戸籍法及びこれに基づく法令により規定され、条例によって戸籍事務に関する文書を情報開示の対象とすることは許されないのではないかとの疑義があるのである。

そして、この点に関しては、証拠(乙六、七)によれば、本訴が提起された後、被告が東京法務局長に対し、本件文書を非開示とすることについての意見を求めたところ、同法務局長は「……戸籍事務については、戸籍法令によって、戸籍事務処理の方法、戸籍に関する帳簿等の管理、公開すべき書類の範囲、公開の要件、不服申立ての方法等が体系的かつ網羅的に規定されていることから、戸籍事務に関する文書の開示についても、戸籍法令の規定によってのみ公開の可否が定まることになる。したがって、市区町村の制定する条例によって戸籍事務に関する文書を開示することを認める余地はない。」旨の意見を書面により明らかにしていることが認められる。

しかしながら、戸籍法及びこれに基づく関係法令には、本件文書のような、戸籍事務の処理の過程で作成ないし取得された内部事務処理文書の開示の可否については、明文の規定が設けられておらず、しかも、これらの内部事務処理文書の種類、内容は、千差万別であって、戸籍法が右の内部事務処理文書の開示を一律に禁止していると解すべき合理的な根拠はないといわざるを得ない。したがって、少なくとも戸籍事務を通じて保有するに至った本件文書のような内部事務処理文書については、個人情報保護条例等の市区町村の条例により、開示の対象とすることができるものと解するのが相当である。

4  そこで、さらに進んで、原告が、本件条例一八条一項に基づき本件文書の閲覧等を請求することができる地位にあったかどうかについて検討する。

前記第二の一記載のとおり、本件条例一八条一項は、個人に対し、実施機関が管理する当該個人の係る自己情報の閲覧等の請求権を認めているものである。そして、本件開示請求がされた当時、本件文書が本件条例の実施機関である被告の管理下にあったこと、また、本件文書には、原告に関する個人情報が記録されていることは当事者間に争いがないのであるから、原告は、本件条例一八条一項に基づき、原告の自己情報として、本件文書の閲覧等を求めることができる地位にあったものというべきである。

なお、前記第二の二3(二)(6)記載のとおり、被告は、本件非開示決定をした後の平成七年一一月三〇日、本件文書の原本を東京法務局に返送し、現在は、本件文書の写しを保管しているにすぎないが、仮に本件非開示決定が違法であるとして取り消された場合には、被告はその保管する本件文書の写しから、更にその写しを作成することにより、本件開示請求によって求められた本件文書の写しの交付をすることができるのであるから、被告が本件文書の原本を所持していないからといって、原告において本件非開示決定の取消しを求める利益が失われるものではないというべきである。

二  本件文書が本件条例一八条二項三号に定める非開示事由に該当するかどうかについて

1  前記第二の一記載のとおり、本件条例一八条二項三号は、「取締り、調査、交渉、照会、争訟等に関するものであって、閲覧等の請求に応ずることによって、実施機関の公正又は適正な行政執行を著しく妨げるおそれがあると認められるもの」を自己情報の非開示事由の一つとして定めているが、本件文書が同号前段の「照会……に関するもの」に該当することは明らかである。

したがって、本件文書が本件条例一八条二項三号に定める非開示事由に該当するかどうかは、本件文書が同号後段の「閲覧等の請求に応ずることによって、実施機関の公正又は適正な行政執行を著しく妨げるおそれがあると認められるもの」に該当するがどうかによって決せられることになるので、以下この点について検討する。

2  前記第二の二3(二)(3)記載のとおり、東京法務局民事行政部の児玉戸籍課長は、被告の補助職員に対し、本件文書を交付する際に、「情報公開条例又は個人情報保護条例に基づいて本件文書の開示請求があったとしても、機関委任事務については、地方自治体に条例制定権がないから、本件文書は、情報公開条例等による開示の対象外のものであり、閲覧等に応じることは適当でない」旨の本件非開示の指示をしている。

東京法務局民事行政部戸籍課は、同法務局において戸籍に関する事項を所掌事務としているものであり(法務局及び地方法務局組織規程一四条一項二号参照)、同課の課長がその所掌事務に関して行った本件非開示の指示について、東京法務局長の指示としてされたものではないと認めるべき特段の事情は認められないから、右指示は、同法務局長の指示としてされたものと認めることができる(なお、本訴提起後、東京法務局長が、本件文書の開示の可否に関し、本件非開示の指示と同旨の見解を書面により明らかにしていることは前記一3において認定したとおりである。)。

3  ところで、市区町村長の管掌する戸籍事務については、当該市役所若しくは区役所又は町村役場の所在地を管轄する法務局又は地方法務局の長の監督に服するものであるが(戸籍法三条、四条)、前記一2において、機関委任事務を通じて保有するに至った文書の開示と主務大臣等の指揮監督権の関係について説示したところは、戸籍事務を通じて保有するに至った内部事務処理文書の開示と右の法務局又は地方法務局の長の監督権の関係についても同様にあてはまるものであるから、法務局又は地方法務局の長は、戸籍事務を通じて保有するに至った内部事務処理文書を市区町村の条例に基づき開示することが、戸籍事務の管理執行に支障を及ぼすおそれがある場合には、戸籍法三条に基づく監督権の行使として、その裁量により、市区町村長に対し、当該内部事務処理文書の開示の可否を指示することができるものというべきである。

そして、本件文書は、事実上の婚姻関係にある男女の間に出生した子について、父としての届出人資格に基づいてされるなど法令の規定に適合しない出生届をどのように取り扱うかといった、戸籍事務の管理執行に直接かかわる内容の文書であり、これを開示することにより、今後の同種案件の取扱いなど戸籍事務の管理執行に支障が及ぶ可能性があることは否定できず、右の観点からすれば、東京法務局長が被告に対し、その裁量判断により本件文書について非開示の指示をしたことは、戸籍法三条に基づく正当な監督権の行使と認められるべきである。

4  本件非開示の指示のうち、本件文書が情報公開条例等の開示の対象となり得ないとの点については、前記一3で説示したところからすれば、戸籍法その他の関係法令の解釈を誤るものといわざるを得ないが、いずれにせよ、本件非開示の指示が、前記3に説示した趣旨を含めて本件文書を開示してはならないという指示であることは容易に推察できることである。

したがって、被告が、本件文書の作成者であり、かつ、被告の戸籍事務の監督権者である東京法務局長の指示に反して本件文書を開示することは、被告が今後、戸籍事務を適正に管理執行する上で不可欠の前提となる東京法務局長ないしは国との基本的な信頼関係を損なうことになるのみならず、本件文書を開示すること自体が、戸籍事務に関する東京法務局長の正当な監督権の行使をないがしろにし、ひいては法令に基づいて統一的になされるべき戸籍事務の管理執行に支障を及ぼすおそれがあるものであり、戸籍事務を通じて保有するに至った内部事務処理文書の開示に係る事務の執行としてその適正さを著しく欠くものといわざるを得ない。本件条例一八条二項三号の文理及び趣旨からすれば、同号後段の「閲覧等の請求に応ずることによって、実施機関の公正又は適正な行政執行を著しく妨げるおそれがあると認められるもの」とは、当該文書を開示することが実施機関の今後における公正又は適正な行政執行を著しく妨げるおそれがある場合のみならず、当該文書を開示すること自体が当該実施機関の行政執行として著しく公正又は適正さを欠くことになる場合をも含むものと解するのが相当であり、したがって、本件文書は、同号後段に該当するものというべきである。

5  この点に関し、原告は、本件文書を開示しても、およそ被告の戸籍事務の公正又は適正な執行が妨げられるおそれはないから、本件文書は本件条例一八条二項三号に該当しない旨主張する。

しかしながら、前示のとおり、本件文書を開示すること自体が、戸籍事務を通じて保有するに至った内部事務処理文書の開示に係る事務の執行としてその適正さを著しく欠くことになる点が、本件条例一八条二項三号の要件該当性の根拠となるものであって、本件文書を開示することにより被告の戸籍事務の公正又は適正な執行が著しく妨げられるおそれがあるかどうかのみによって、本件文書の右条項該当性が決るわけではないのであるから、原告の右主張は失当というべきである。

6  以上によれば、本件文書は、本件条例一八条二項三号の非開示事由に該当するものというべきである。

三  そうすると、被告が、本件文書が本件条例一八条二項三号に該当することを理由として、本件開示請求に応じないこととした本件非開示決定は適法というべきである。

第四  結論

よって、原告の本件請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官青栁馨 裁判官増田稔 裁判官篠田賢治)

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